この世に生まれれば
この世に生まれれば、さまざまの苦しみは逃れられない。
居心地が悪いとは、悩みがあるということだ。
はじめからちやほやされて、幸せいっぱい夢いっぱいだけで一生を終える人などいはしないだろう。
いるように見えたとしても、それは他人の目にはそう見える、というだけにちがいない。
幸せに見える人にも、それなりの不満や悩みはあるにきまっていて、ちやほやされると、こんどはあまのじゃくになって、逆らいたくなったりするものだ。
困ったことに、生きていることを実感するには、何か抵抗してくれるもの、足りないものが必要なのである。
難事にぶつかってそれと闘っているとき、人は生きがいを感じる。
この世に争いが絕えないひとつの理由が、そこにある。
平和を維持するむずかしさのひとつの原因もそれにちがいない。
居心地が悪いからこそロマンスも生まれる。
恨み、怒り、妬み、不満、絶望 ―――――― こういうものがあるから、われわれは美しいものを想像して、「憧れ」というものを抱く。
自分に達成できないもの、手のとどかないものを他人の中に見て憧れ、美しいものを探して、心の支えを得ようとする。
何でもくさしてしまう皮肉屋もいるが、じつは、その皮肉も憧れの裏返しなのである。
してみると、不幸も捨てたものではない。
不幸の中で、人は人生についての思いを深め、生きていることを実感できるのである。
逆に幸福なときには、なかなか生きている実感を得られない。
歓楽が果てたとき ―――――― というのはなかなかいいもので、その寂しさの中で、人は生きている実感を味わうこともできる。
だから失恋にも意味がある。
ただし、失恋するためには、まず恋をしなければならない。
梅里