Ballantine’s 17

人の幸せの源になれる人がいる。

 

 

また、そういう源をみつけることのできる名人がいる。

 

 

人がいちばん関心をもつのは人である。

 

 

人の噂や評判は絶えることがない。

 

 

黙って知らん顔をしている人だって、こっちに無関心なのかと思っていると、むしろそういう人ほど関心が深く、じつに詳細に観察しているのに驚かされることがある。

 

 

人に関心があるのは、自分にも関心が深い証拠だといえるだろう。

 

 

見方をかえれば、欲がある証拠なのだ。

 

 

もっと美しくなりたい。

 

 

有名になりたい。

 

 

金持ちになりたい。

 

 

どれもみな欲望だが、人に関心をもつというのは、こういう欲望の反映なのである。

 

 

よく、欲望は捨てろというが、現実には、完全に欲望がなくなったら生きていられない。

 

 

噂好きの人は意地のわるいばあいが多いけれど、それも好奇心の表れである。

 

 

むろん、だからと言って炯眼な観察者とはかぎらず、寡黙な人のほうが関心は痛切なことが多い。

 

 

人のことを、きれいだとか、頭がいいとか、じつによく気がつくなどと思う。

 

 

なぜかははっきりしないのに目が離せなかったり、話したくなったりするのは、簡単に分析できない魅力のせいなのだ。

 

 

そういう友人に出会えれば幸せである。

 

 

悪女の魅力という言葉もあるし、ドラマでもあれほど犯罪ものが人気があるのに、結局素直で明るい人が好まれるのには、毎度感心する。

 

 

結局、人間の心にも植物と同じ向日性がそなわっているのだろう。

 

 

そして、おそらく自然にあふれてくる天成の明るさがいちばん魅力的で、意思にささえられた明るさは、やはりその次になる。

 

 

側にいるだけで幸せと言われるような人は、生命力が強くて明るい人だ。

 

 

やや騒々しく煩わしい傾向はあっても、不幸なときには貴重な存在になる。

 

 

虚しい気持ちのときも明るくしているのは、ひとつのエチケットなのだ。

 

 

 

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