Courvoisier XO IMPERIAL

“されば道人は遠く月日を惜しむべからず ただ今の一念むなしく過ぐることを惜しむべし”

 

 

 

兼好法師の言葉で、先日読んだ本の中に出てきた一文であるが印象深かったので頭に留めておいた。

 

 

 

「必要以上に過去の不出来に気をとられて今日をおろそかにしてはいけない。」という戒めの言葉なのであろう。

 

 

 

ただ、いささか気にかかることは、この言葉は刹那主義とも見えることだ。

 

 

 

故に刹那の享楽にも充分耐え得て、刹那の中に思いっきり自己の抑圧した能力を発揮するリズミカルで尊貴な緊張感を説いたのであろう。

 

 

 

それはまさに相撲取りのあの土俵の瞬間にも似ている。

 

 

 

彼らはあの鉄扇の引かれる前に蹲踞する。

 

 

 

決して延び切って勝負には入らない。

 

 

 

その蹲踞の姿勢も忘れて欲しくないのではないか。

 

 

 

過去はおおむね愚痴に始まり、愚痴に終わる。

 

 

 

傷つくのは本人ばかりではない。

 

 

 

周りの者は一層やり切れない酒を飲むのだ。

 

 

 

最も聞きづらいのはノスタルジックに人のこぼす “昔は・・・・・” のたわごとである。

 

 

 

 

それらの「時」は去ったのだ。

 

 

 

さて、どんな時が来るか、それすらも計り知れぬ昨今。

 

 

 

「ただ今の一念」の如く、今この時を面白おかしく働きカツ遊ぶ。

 

 

 

そこにこそ真の男女の、あるいは友情が生まれて人を孤独の渕から救うのだと考えるのだが・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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